香りを科学する・その2「ハーブの香りはどこにある?」では、シソ科のハーブの"香りの素"が「腺毛(せんもう)」という器官にあることを紹介しました。
今回は、私たちが実際に感じる香りを"見て"みましょう。
葉から漂う香りとは?
シソ科のハーブの香りがぎゅっと詰まっている腺毛(せんもう)。この器官がつぶれると、香りが発現します。 代表的なシソ科のハーブ「タイム」「スィートバジル」「スペアミント」について、葉を指で押しつぶして、腺毛(せんもう)を壊したときの香りをガスクロマトグラフで表現すると以下のようになります。
タイム
r-テルピネン | 木のような香り(あまり香りとして感じません。) |
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チモール | 清潔感のある軽い香り |
カルバクロール | 清潔感のある重厚な香り |
スィートバジル
シネオール | スーッとした清涼感を感じさせる香り |
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リナロール | フローラルな香り |
オイゲノール | 重厚な香り(クローブの香り) |
スペアミント
リモネン | みかんの皮のような香り |
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カルボン | 甘くさわやかな香り |
※スペアミントは、一般的にL-カルボンが多く含まれるとされ、L-カルボンは甘くさわやかな香りがある。
葉から漂う香りの分析方法
指で押しつぶした(腺毛を壊す)葉を瓶の中に入れ、ヘッドスペース(上部の空間)から室温で30分捕集後GC-MS分析、HS-MMSE法により香気成分を抽出後、GC-MS分析
"香りの素"である腺毛(せんもう)に蓄えられている香りと実際に感じる香りの違いとは?
タイム、スィートバジル、スペアミントにおいて、腺毛(せんもう)に蓄えられた香りと、葉から漂う香り(腺毛(せんもう)をつぶして感じる香り)の違いを、分析結果をもとに表現し、比べてみると以下のようになります。
タイム
腺毛(せんもう)に蓄えられている香りと葉から漂う香りでは、γ-テルピネンとタイム特有の香り(チモール、カルバクロール)のバランスが変化します。
葉から漂う香りは、チモールやカルバクロールのスーッとした清涼感に少し厚みが加わりマイルドに感じます。
スィートバジル
腺毛(せんもう)に蓄えられている香りは、重厚な香りのオイゲノールが主ですが、葉から漂う香りは、リナロールとシネオールの成分の割合が高くなっていて、リナロールのフローラルな香りが混ざり、やわらかい香りになります。
スペアミント
腺毛(せんもう)と葉をつぶした時で、リモネンやL-カルボンのバランスに大きな変化はありません。
やや甘いさわやかな清涼感を感じさせる香りです。
腺毛中精油の分析方法
DMI-GC-MS法(組織片を直接GC-MSに導入して精油を分析)
※2012年9月19-21日に開催された日本分析化学会第61年会でポスター発表
なぜ、香りが変わってくるの?
香りの成分は気体になりやすい性質(揮発性)を持っていて、その性質は成分ごとに差があります。そのため、実際に私たちが感じる香りは、もともと持っている成分のバランスと異なるのです。
たとえば、スィートバジルで見てみると、もともと含まれる量が多いオイゲノールにくらべ、シネオールやリナロールのほうが、揮発性が高い(空気中に飛び出しやすい)ため、実際はさわやかな香りに感じられるのです。
香りの感じ方は、このような性質の影響も受けるのです。
料理における香りの表れ方は?
こういった香りの表れ方の違いは、料理の中でも表れてきます。
「タラの香草焼き」を例に見てみましょう。
まず、タラの切り身の上にタイムを乗せてアルミホイルに包み、オーブントースターで焼き上げます。
タイムの香りは、タラの切り身にどのように移ったのでしょうか?
次の3点で香りを分析し、タイムの代表的な香りの成分の量をイメージ化して見てみましょう。
タラに移ったチモールと
カルバクロールの量のイメージ
タイム特有の香りの成分であるチモールとカルバクロールについて、A(葉の真下)、B(葉の近く)、C(切り身の下側)で比較すると、その成分の発現量が大きく異なります。 タイムの葉に近いほどタラの切り身に移る香りの量も多い一方、B(葉の近く)では、A(葉の真下)の約半分程度、C(切り身の下側)ではほとんど発現していません。
これは、香りの移り方が異なること、それに加えて調理中にでた水分に香りが移るなどの影響が考えられます。
こうした違いが、風味のメリハリとなり美味しさにひと役買っているのですね。
小さなハーブの葉ですが、使い方次第で、香りの発現のしかたが変化します。 そのまま使ったり、手で軽くもんだり、いくつか組み合わせたり…と様々な使い方によって、香りの広がりをお楽しみいただけたらと思います。