スパイス&ハーブの歴史

古代から、人類はその経験に基づく知恵を生かして、スパイスやハーブを生活のあらゆる場面で役立ててきました。
今日までの約5000年に及ぶその長い年月の一部をご紹介します。

世界における歴史

古代よりスパイスやハーブは薬事や祭事、媚薬、保存剤などさまざまな目的で用いられ、貴重なものとされてきました。
なかでも、こしょうやクローブ、ナツメッグなどのスパイスは、中世に至るまで、産地である東洋からヨーロッパへ長い年月をかけて運ばれ、金や銀に匹敵するほどの価値をもつと認識される高価な存在でした。

中世

ヨーロッパの人々に東洋への探求心を刺激し、大航海時代へ

1299年 マルコ・ポーロが『世界の記述』(『東方見聞録』)にて東洋の絹織物、中国やモルッカ諸島(マルク諸島)のスパイス、ジパング(日本)の金の宮殿の話などを紹介。

大航海時代

海洋航路の発見により、一般大衆での消費も拡大

1492年頃 コロンブス(スペイン)がアメリカ大陸到達。
1498年 バスコ・ダ・ガマ(ポルトガル)がインド西海岸のカリカットまでの航路を開拓。
1522年 マゼランとエルカーノら(ポルトガル)が太平洋横断に成功。船団は香料諸島(モルッカ)に到達。

大航海時代の航路開拓

大航海時代の航路開拓と各地で得られた主なスパイス

スパイス戦争

ヨーロッパ4か国によるスパイス産地の争奪戦

16世紀以降、流通量の増加によって香辛料の価格は変化しますが、スパイスは交易や支配を通じて、国家の富や国際関係を左右する重要な資源となっていきました。
スパイスの産地をめぐっては、主にポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスといったヨーロッパ諸国が関与する争いが各地で起こり、これらは後に「スパイス戦争」とも総称されるようになります。
こうした争いは、18世紀後半以降、苗木の移植などによって香辛料の栽培地が世界各地へ広がり、特定地域による独占体制が崩れたことで、19世紀中頃には次第に終息していきました。

日本における歴史

気候風土に恵まれた日本では、新鮮な山海の幸を比較的容易に手に入れることができたため、食材に強い香りを加える必要がありませんでした。
そのため、スパイスやハーブは辛みや香りのアクセントとなる「薬味」として少量が用いられ、素材の持ち味を引き立てる役割を担ってきました。

8世紀

712年頃 「古事記」などに「山椒、生姜、大蒜、胡麻、山葵、辛子」などが記載。
8世紀 正倉院の御物の中に「胡椒、丁字、肉桂」などが登場。
日本を代表するスパイスの一つ“山椒”

日本を代表するスパイスの一つ“山椒”

日本で古くから栽培されていた“わさび”

日本で古くから栽培されていた“わさび”

15~16世紀

15世紀 薬用として「ナツメッグ、ターメリック、リカリス」などを使用。
16世紀 ポルトガルの漂着により唐辛子が伝来。(伝来については諸説あり)

19世紀以降

1870年頃 明治維新後、西洋料理の一つとしてヨーロッパからカレーが伝わる。

その後、20世紀には各国料理や海外旅行の流行によって食の多様化が進み、家庭においてスパイスやハーブの存在が一般化していきました。