わさびの豆知識

知っているようで知らない、
わさびの話

写真はイメージです。

日本の食卓に欠かせない、わさび。その歴史は古く、徳川家康が風味を珍重した逸話も残ります。
江戸時代に握り鮨と出会い食文化として花開くと、今や「WASABI」は国際語になりました。
歴史のなかで育まれた日本の食文化との深い関わり、そして世界へ広がる魅力まで、わさびの奥深い世界をご紹介します。

世界へ広がる「WASABI」、
進化する「本生本わさび」

チューブ調味料は、今や日本の粘体香辛料市場の約半分を占め、日本における浸透を見せています。

そして日本で磨かれたわさびは、「WASABI」という国際語になって世界中で愛されています。刺身などの和食に使うだけでなく、自国の料理に使う人が増えていることが、「WASABI」を広めている理由のようです。

「本生」では、1987年のブランドの発売から、味や風味、使いやすいパッケージについても、何度も改良を重ねて進化し続けています。そして「本生本わさび」に使用されているわさびは、本わさび100%です。生鮮の本わさびのような風味や香りをお楽しみいただけます。

本生の歴史について詳しくはこちら

「本わさび」と
「西洋わさび」は何が違う?

「本わさび」は、日本原産の植物といわれ、古くから国内各地で自生しており、日本の食文化に無くてはならない和の香辛料として根付いています。

一方、北欧(フィンランド)原産の「ホースラディッシュ」は「西洋わさび」とも呼ばれ、本わさびと同じ辛み成分を持っています。西洋わさびは現在、北海道など一部の地域でのみ栽培されています。

「本わさび」は自然条件にとても敏感な植物で、育つ条件が限定されます。さらに収穫にも長い年月がかかり、収穫量も極めて少ないため、希少価値が高く高価になってしまいます。

一方、「西洋わさび」は細身の大根のような大きさに育ち、擦りおろすと「本わさび」と同様の辛味を楽しむことができます。色は乳白色でステーキ、ローストビーフなどに添えて使われています。

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徳川家康は
わさびの大ファンだった!?

わさびの歴史は古く、漢字名「山葵」が書物に登場したのは、千年以上前にまでさかのぼります。本格的に利用され始めたのは江戸時代で、徳川家康がその風味を大変気に入り珍重したという逸話も残っています。

江戸時代末期になると、幕府の直轄地だった伊豆でわさび栽培が開始。徳川家の家紋「葵」に、わさびの葉の形が似ていたため、栽培が奨励されたとも言われます。とはいえ、当時まだ庶民には手の届かない高級品だったようです。

「グルメな江戸っ子も大満足 
わさびをはさんだ握り鮨

わさびが料理に使われた歴史は古く、平安時代の記録にも見られます。「四条流庖丁書」(1489年刊)では、鯉の刺身をわさび酢で食べたと記され、江戸時代初期にはそばの薬味としても使われ始めますが、当時はまだ庶民にはなじみの薄いものでした。

現在のように握り鮨に使うようになったのは、文化年間(1804~1818年)初期のこと。魚の臭み消しが発祥とされています。

文政年間(1818~1830年)の初期になると、鮓(すし)屋与兵衛が考案した、わさび入りの小鰭(こはだ)の握り鮨が江戸っ子の間で人気を呼び、握り鮨流行のもとになったといわれています。