東原和成先生にインタビュー
東原和成先生にインタビュー
東原和成先生にインタビュー

エキスパートが語る!
香りとおいしさの深い関係とは?

苦く甘い香りのコーヒーで目を覚ます朝。思わず深呼吸したくなる焼きたてパンの幸せな香り。レストランに入った途端、食欲をそそるスパイスの香りにぐうっと鳴るお腹…。そんな経験は誰にでもあることでしょう。私たちが食事を楽しむ時、嗅覚は重要な役割を持っています。生物化学的なアプローチで香りを研究する東原和成さんに、そのメカニズムと魅力を教えていただきました。

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チーズが美味しいのは記憶のおかげ!?
「おいしい」感覚は、過去の記憶でつくられる!

過去に体験した良い記憶と香りが結びつくと、その匂いをおいしいものだと脳は判断することがあります。楽しい時に嗅いだ香りや、おいしいと思った経験は記憶に強く残りますから、そうした体験の一つひとつが、香りの感じ方に変化を与えるのです。

例えば、わかりやすいのがチーズ。私たちは、子供の頃からお母さんやお父さんにチーズを与えられ、家庭で食べているので、あの独特な香りをおいしいと感じます。しかし、チーズを食べたことのない人にとっては、あの匂いは受け入れがたく、おいしくない食べ物になってしまうこともあります。

おいしい感覚は、過去の記憶でつくられる

子どもが避けがちな貝やきのこ類も、大人になってから好きになったという人は多いのではないでしょうか。新鮮でおいしい貝を食べるという経験を得たり、お酒の肴としておいしいものとして口にしたりすると、その時の記憶によって過去に苦手だった貝のにおいが苦ではなくなります。香りの学習により、徐々に受け入れられるようになっていくのですね。

このように、過去の楽しい記憶は「おいしい」をつくる大きな要因のひとつになると言えます。

「おいしい」のは味ではなく香り!
香りがもつ絶大な影響力とは!?

おいしさを感じる要因として、五感のなかでも、香りが非常に重要です。

食べるとき、料理の香りは二つのルートから鼻の中に入ってきます。まずは、鼻先から嗅ぐというルート。そして、口の奥の喉を通って入ってくるルートが二つ目となります。二つ目のルートは、食べ物を噛んでいるときに、呼気にのって喉から鼻に抜けるものです。この喉から鼻に戻ってくる香りがあるから「おいしい!」と感じるのです。

風邪をひいて、鼻が詰まっていると香りがしなかったり、食事が味気なかったりするのはこういった理由からです。口に食物を入れて舌で味わうだけでは、おいしさは感じられません。

ミニ実験 鼻をつまみ食事をしてみよう!

鼻をつまみ食事をしてみよう!

お茶を、鼻をつまんで飲んでみましょう。想像よりも味を感じないのがわかります。つまんだ手を離すと、一気にお茶独特のほろ苦さや甘さを感じます。香りが途切れることで、苦さや甘さなどの味が分かりにくくなり、おいしいと感じなくなるのです。これは、香りのよいバニラアイスクリームなどでもよくわかります。みなさんも、おやつの時間や、飲み物を飲む時に、この鼻つまみ実験を是非試してみてください!

味は大きく分けると5種類、香りは何万種類!?
人が香りを感じるメカニズムにせまる!

それでは、どのような仕組みで、私たちは香りを感じるのでしょうか? そのメカニズムをこれから紹介しましょう。

鼻の奥には、嗅細胞という神経細胞が500万個もあり、それぞれの先端に手のような形をした繊毛が生えています。そこに嗅覚受容体(きゅうかくじゅようたい)という、香りを感じるセンサータンパク質が存在します。香りセンサーは約400種類あります。鼻から入ってきた香りの物質がこのセンサーにくっつくと、においの情報が脳のさまざまな場所に送られ、「好き? 嫌い?」「過去に嗅いだことがある?」と判断されます。過去に嗅いだことがあるにおいならば、なんのにおいなのかもわかります。400種類の香りセンサーと香り物質の組み合わせによって、何万種類もの香りを嗅ぎ分けられるので、甘み、酸味、塩味、苦味、うま味の5種類に大別される味覚と違い、香りは無限にあると言われるのは、このようなメカニズムがあるからです。

人が香りを感じるメカニズム

また、この香りの感じ方は個人差がありますし、時とともに弾力的に変化します。この理由は三つ。一つ目は最初にお話ししたように、学習や経験によって。二つ目は先天的な遺伝によるもの。香りセンサーは人それぞれ少しずつ違うので、同じ香りなのに生まれつき強く感じたり、弱く感じたりします。最後は体調。つわりや風邪など、身体の変化でも香りの感じ方に変化が生まれます。お腹がいっぱいの時も、インスリンなどのホルモンが出ることによって神経回路が鈍くなり、匂いに気付きにくかったり、お腹空いているときにはいいにおいだったものも嫌なにおいに感じられたりします。

料理とお酒のマリアージュから、アロマテラピーまで。
生活に取り入れたい”香り活用術”をご紹介!

さらに香りを知れば、私たちの生活はより豊かになります。そのために、香りには良い組み合わせや相性があることを知っておくと良いでしょう。

まず、基本的に似たような香り同士は相性が良いです。日本酒を使った料理に日本酒を合わせたり、ワイン煮の料理にワインを合わせるなど。しかし、全く違うものでも相性が良いこともあります。まずは、いくつかの香りが足し算でおいしさを生むパターン。複数のスパイスをたっぷりと使った料理がありますよね。もうひとつは、香りと香りが相乗効果で引き立たせ合うパターン。例えば、ほのかに料理から感じられるゆずの香りが、日本酒を一緒に飲むことでふわっと強く感じられるなど。このように、私たちは香りの特性を経験的に知っていて、それを自然に取り入れて料理をしたり、飲み物と合わせたりしているとも言えます。

生活に取り入れたい香り活用術 生活に取り入れたい香り活用術

食べる以外に香りが人間に与える影響として、代表的なのはアロマ効果です。アロマオイルの香りを嗅ぐことで気持ちが落ち着いたり、逆に高揚したりしますよね。脳のなかの気持ちや情動を左右する場所に到達するルートは、目からよりも、鼻からの方が短いので、目や耳で聞くよりも、香りの方がより早く情動や生理的な変化を引き起こしやすい。しかも本能的に。それをうまく利用したのがアロマテラピーです。アロマテラピーでは、効能を気にするよりも、その時に心地よいと思うものを選ぶことをオススメします。感じるか感じないかくらいの少量でも効果がありますから、香りが苦手であれば、まず微量から始めるのも良いでしょう。

まとめ

食事をはじめ、わたしたちの生活の中で香りが大きな影響力を持っていることがわかりました。料理を作るときや、食べる時、「楽しい記憶」を作る工夫をしたり、香りと香りの組み合わせの相性を見つけると、食事がより「おいしく」なるのではないでしょうか?香りを知り、うまく付き合うことで、わたしたちの生活はもっと楽しく、豊かなものになりそうですね。

東原先生のお気に入りスパイス東原先生のお気に入りスパイス

ピンクペッパー

ピンクペッパーとディルなどの香草を散らしたホタテのカルパッチョは、北海道の白ワインと絶妙なマリアージュをします。

プロフィールプロフィール

東原和成先生

東原和成

1989年東京大学農学部農芸化学科卒業後、アメリカの大学に留学して、生物化学分野でPh.D.(博士号)を取得。
デューク大学医学部博士研究員、神戸大学バイオシグナル研究センター助手、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻助教授などを歴任。
現在は東京大学大学院農学生命科学研究科教授。

[インタビュー・構成] 峰 典子

おいしさの秘密にせまる! おいしい香りの探求者

  • vol.1 東原和成先生vol.1 東原和成先生
  • vol.2 生江史信先生vol.2 生江史信先生
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