スパイス&ハーブ事典

スパイスの歴史に関するお話
スパイスは世界に数百あると言われ、ハーブになると万という数になるという説もあるほどです。そしてそれぞれに歴史やエピソードを持ち、全体としても数々の歴史エピソードが残っています。ここでは、人とスパイス&ハーブの関わり、時には歴史を動かす原動力にもなったことのあるスパイス&ハーブの歩みをひも解いてみましょう。スパイス&ハーブから見る世界史・日本史で、新しい歴史を発見できるかもしれません。

コロンブスの新大陸発見

地球が丸いということが信じられていない時代、イタリヤのコロンブスは、西回りの航海をすれば、インドやスパイスの宝庫・モルッカ諸島、日本など、マルコポーロの「東方見聞録」にある絹、金、香辛料などが産する地に到達することができると確信していました。

スペインのイサベル女王の賛同を得ることに成功したコロンブスは、1492年8月3日、3隻の船を率いて西南の方向に舳先を向け大西洋の海原に漕ぎ出しました。そして10月12日、バハマ諸島のサンサルバドル島に到達。コロンブスは、原住民が鼻につけている金の輪を見て勇気づけられ、2週間後に現在のキューバを発見し、ジパングであると確信しました。しかし、目ざす絹も純金で造られた宮殿も探し出せないまま、煙草や原住民の捕虜と金細工品などをみやげに帰途につき、1493年3月4日、ポルトガルのリスボンへと帰りつき、それからスペインのパロス港へ戻り、フェルナンド王やイザベル女王にあたたかく歓待されました。金銀というみやげはありませんでしたが、未知の大陸発見の報せはヨーロッパ中を大いに沸かせました。

その後も1504年までの間に、コロンブスは計4回も大海原の大西洋をわたり、宝の宝庫・ジパングやスパイスの探索を続けましたが、南北アメリカという大陸の壁にはばまれ、目指すスパイス、絹、黄金、真珠、宝石類を発見することもできず、船乗りの反感をかったばかりでなく、イサベル女王の信頼さえも失くし、1506年忘れ去られた人間として失意のうちにわびしくこの世を去っています。しかし、4回目の航海では、中央アメリカから南アメリカに到達しており、大航海時代で活躍した勇敢な冒険者たちの一人として讃えられていいでしょう。

コロンブスを支援したイザベル女王<
コロンブスを支援したイザベル女王

大西洋を初めて横断したサンタ・マリア号と同型の船
大西洋を初めて横断したサンタ・マリア号と同型の船

1492年10月12日、コロンブスのサン・サルバトル島上陸の絵
1492年10月12日、コロンブスのサン・サルバトル島上陸の絵
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