SPICE&HERB
閉じる
トップ
エスビー食品のフレッシュハーブについて

Aboutエスビー食品の
フレッシュハーブ
について

日本初のカレー粉製造の
成功から始まった、
エスビー食品。

その創業の理念は「美味求真」お客様の喜びのための本物のおいしさを追求することです。
この理念を受け継ぐなか、日本人の食のニーズが多様化する時代に生のハーブがもたらす本物のおいしさや香りをお届けしたくて、エスビー食品の「フレッシュハーブ」の事業は始まりました。
当初5品目だったハーブも、今では30品目を超え、国内最大規模の出荷団体に。
これからもフレッシュハーブの可能性を追求しながら、ハーブのおいしさを様々なカタチでお客様にお届けしてまいります。

スィートバジル、セージ、タイム、イタリアンパセリ、ディル。1987年発売時のフレッシュハーブ5品(※現在は上記形態での販売はございません)
背景
背景

TO DELIVER SAFE
AND SECURE HERBS
安全・安心なハーブを
お届けするために

リボン

栽培から店頭に
たどり着くまでの流れ

  1. 01
    栽培・収穫

    ハーブの種類によって成長のスピードは異なり、収穫できるまでの期間もさまざま。
    摘み取りは、株を傷つけないよう、一株ずつ丁寧に行います。

    栽培・収穫
    栽培・収穫
  2. 02
    選別・調整

    全国統一の製品出荷管理マニュアルに基づき、傷ついた葉や細かな葉くずなどが入らないよう選別し、同時に形状や大きさ、長さを揃える管理をしています。

    選別・調整
    選別・調整
  3. 03
    計量・包装

    衛生管理に配慮した施設でパック詰め。
    鮮度を落とさないように、丁寧かつ迅速に計量・包装します。

    計量・包装
    計量・包装
  4. 04
    適温保管・出荷

    パックされた製品は、すみやかに箱詰めされ、温度管理室 で鮮度が落ちないよう保管され、出荷に備えます。

    適温保管・出荷
    適温保管・出荷
  5. 05
    店頭

    店頭には「定番コーナー」を設置し、ニーズに合わせて選んでいただける、多様な商品ラインナップを取り揃えています。

    店頭
    店頭
リボン

全国リレー
生産体制の構築

1年を通して安定的に供給するため、北海道から沖縄まで、日本全国に広がる契約産地でリレー生産を行っています。
2ヶ所のハーブセンターが推進役となり、全国の栽培契約農家との協力体制のもと、お客様へ安全な商品を、安定的に出荷できる体制づくりに取り組んでいます。

主要ハーブ産地(例※)※記載地以外での生産・出荷もございます
リレー生産方式。エスビーハーブセンターつくば。JAおきなわエスビーハーブセンター。 リレー生産方式。エスビーハーブセンターつくば。JAおきなわエスビーハーブセンター。
主な生産拠点
  • エスビーハーブ
    センターつくば
    エスビーハーブセンターつくば
  • JAおきなわ
    エスビーハーブ
    センター
    JAおきなわエスビーハーブセンター

安定供給への取り組み

リボン

安全・安心に対する
徹底したこだわり

新鮮なハーブをおいしく食べていただくため、安全管理を徹底しています。
一例としては、エスビー食品のフレッシュハーブ全商品につけられたロット番号。
商品がどこで収穫・出荷されたものか特定できるトレーサビリティを整え、ハーブ生産・販売システムとともに安全・安心な体制を確立しているのです。

スィートバジル

THE BEGINNING
OF S&B FRESH HERBS
エスビー食品の
フレッシュハーブの始まり

  1. 「S&Bフレッシュハーブ」が目指したもの

    HISTORY01

    エスビー食品の
    フレッシュハーブが
    目指したもの
    「S&Bフレッシュハーブ」が目指したもの

    1980年代、すでに香辛料のトップメーカーであったエスビー食品だが、唯一欠けていたのが「生のハーブ」の取り扱いだった。当時、日本では料理向けの生のハーブは普及しておらず、都心の限られた店舗にしか流通していないものだった。
    生のハーブならではのさわやかな香り、みずみずしい彩りを毎日の食卓で手軽に楽しんでもらいたい…多様化するであろう日本の食を見据え、いつでもハーブのある豊かな食卓を目指して、フレッシュハーブ事業に取り組むことが決まった。

  2. メンバーはたった二人、出荷は半年後

    HISTORY02

    メンバーはたった二人、
    出荷は半年後
    メンバーはたった二人、出荷は半年後

    8品目のハーブを半年後に商品として世に送り出す方針が決まり、専任担当者として、企画・営業担当者、技術担当者各1名が選任され、二人三脚での準備が始まった。
    フレッシュハーブについては、社内の知見も少なく、担当者は自ら資料を調べ、足を使って交渉を繰り返す、泥臭い日々の連続。夏は高温多湿、冬は寒冷という日本の気候でハーブは育つのか、そもそもハーブは日本の家庭に受け入れられるのか、課題は山積みだったが、まずは、料理に使うフレッシュハーブを栽培する農家を探すことから取りかかった。

  3. 農場へ足繁く通い生産者と本音の議論

    HISTORY03

    農場へ足繁く通い
    生産者と本音の議論
    農場へ足繁く通い生産者と本音の議論

    契約農家の候補として名が挙がったのが、当時、日本では珍しい生のハーブ栽培にいち早く着手していた、千葉県の農園だった。
    担当者は農園に足繁く通い、ハーブに対する熱い想いを伝えながら、時には生産者と本音の議論を戦わせた。
    開発は試行錯誤の連続。目標としていた出荷日に間に合わないハーブも出てきた。

  4. 1987年、5品種のハーブを初出荷

    HISTORY04

    1987年、
    5品種のハーブを初出荷
    1987年、5品種のハーブを初出荷

    そして、初出荷を計画していた1987年5月。栽培に取り組んだ8品目のハーブのうち、出揃ったのは、スィートバジル、セージ、タイム、イタリアンパセリ、ディルの5種。
    初出荷の日は、関係者が農園に集まり、実際の商品を並べて出荷式を行った。最終的な納品先はたった5店のみであったが、その光景に、関係者は皆、感慨深いものがあった。同年6月には当初より栽培検討をしていた3品目も追加された。

  5. フレッシュハーブの浸透に向けて

    HISTORY05

    フレッシュハーブの
    浸透に向けて
    フレッシュハーブの浸透に向けて

    店頭には並んだものの、最初はまったく売れなかった。当時、ハーブはトレンドに敏感な一部のお客様が百貨店や専門店で手にする商品。一般のお客様にフレッシュハーブの認知を広げるため、ハーブの使い方や代表的なメニューをパッケージに記載した。これは、当時、青果物としては先進的な取り組みであった。
    時には担当者自らが店頭に立って、直接お客様にハーブに関するアンケートを行い、消費者の声を拾うこともあった。そうした努力を重ねながら、フレッシュハーブの浸透を図った。
    その後も、品目を増やし、全国に飛び回って産地を開発し、現在の一年中安定しておいしいハーブを供給できる環境が出来上がったのだ。

トップへ戻る

SNSでシェアしよう!

FACEBOOK シェア TWITTER シェア LINEt通信