
エスビー食品の
フレッシュハーブの始まり
エスビー食品の
フレッシュハーブが目指したもの

1980年代、すでに香辛料のトップメーカーであったエスビー食品だが、唯一欠けていたのが「生のハーブ」の取り扱いだった。当時、日本では料理向けの生のハーブは普及しておらず、都心の限られた店舗にしか流通していないものだった。
生のハーブならではのさわやかな香り、みずみずしい彩りを毎日の食卓で手軽に楽しんでもらいたい…多様化するであろう日本の食を見据え、いつでもハーブのある豊かな食卓を目指して、フレッシュハーブ事業に取り組むことが決まった。
メンバーはたった二人、
出荷は半年後

8品目のハーブを半年後に商品として世に送り出す方針が決まり、専任担当者として、企画・営業担当者、技術担当者各1名が選任され、二人三脚での準備が始まった。
フレッシュハーブについては、社内の知見も少なく、担当者は自ら資料を調べ、足を使って交渉を繰り返す、泥臭い日々の連続。夏は高温多湿、冬は寒冷という日本の気候でハーブは育つのか、そもそもハーブは日本の家庭に受け入れられるのか、課題は山積みだったが、まずは、料理に使うフレッシュハーブを栽培する生産者を探すことから取りかかった。
農場へ足繁く通い
生産者と本音の議論

契約生産者の候補として名が挙がったのが、当時、日本では珍しい生のハーブ栽培にいち早く着手していた、千葉県の農園だった。
担当者は農園に足繁く通い、ハーブに対する熱い想いを伝えながら、時には生産者と本音の議論を戦わせた。
開発は試行錯誤の連続。目標としていた出荷日に間に合わないハーブも出てきた。
1987年、
5品種のハーブを初出荷

そして、初出荷を計画していた1987年5月。栽培に取り組んだ8品目のハーブのうち、出揃ったのは、スィートバジル、セージ、タイム、イタリアンパセリ、ディルの5種。
初出荷の日は、関係者が農園に集まり、実際の商品を並べて出荷式を行った。最終的な納品先はたった5店のみであったが、その光景に、関係者は皆、感慨深いものがあった。同年6月には当初より栽培検討をしていた3品目も追加された。
フレッシュハーブの
浸透に向けて

店頭には並んだものの、最初はまったく売れなかった。当時、ハーブはトレンドに敏感な一部のお客様が百貨店や専門店で手にする商品。一般のお客様にフレッシュハーブの認知を広げるため、ハーブの使い方や代表的なメニューをパッケージに記載した。これは、当時、青果物としては先進的な取り組みであった。
時には担当者自らが店頭に立って、直接お客様にハーブに関するアンケートを行い、消費者の声を拾うこともあった。そうした努力を重ねながら、フレッシュハーブの浸透を図った。
その後も、品目を増やし、全国に飛び回って産地を開発し、現在の一年中安定しておいしいハーブを供給できる環境が出来上がったのだ。