<エスビー食品陸上競技部の歴史>
創部された1954年には、酒類食料品業界の陸上競技大会で団体3位に入賞を果たし、翌年にはインターカレッジで上位入賞した選手が入社するなど実力をつけ、1958年に日本実業団連合が結成されると同時に加盟しました。
その後一時休部状態にありましたが、1980年(昭和55年)、中村清監督(故人)の導きにより早稲田大学から瀬古利彦(現当社スポーツ推進局長)、日本体育大学から新宅雅也(現・新宅永灯至)、中村孝生(現当社陸上競技部長)の計3名が入社し、東日本実業団対抗陸上競技大会に3名だけの出場で団体優勝して一躍有名になりました。また、1982年には佐々木七恵(故人)が入社して活躍、マラソンブームに火をつけました。その後も金井豊(故人)、谷口伴之(故人)、坂口泰(現中国電力陸上競技部監督)、遠藤司(現エスビー食品社員)、ダグラス・ワキウリらが続々と入社し、全日本実業団駅伝では1984年から1988年まで4連勝する黄金期を迎えました。
1988年のソウルオリンピックを最後に引退した瀬古は、故中村監督の遺志を継ぎ,翌89年監督に就任し、後進の指導にあたりました。1990年の夏北海道合宿中の交通事故で仲間を失う悲劇にみまわれ、一時は部員不足で駅伝への出場もままならぬ苦しい時期が続きましたが、1994年箱根駅伝でも活躍した早稲田大学の櫛部静二、武井隆次、花田勝彦の入社を契機に、東日本実業団駅伝で4連勝、全日本実業団駅伝でも最高位2位入賞を果たしました。
マラソンでは、1997年にアテネ世界陸上に花田勝彦が出場、2001年別府大分毎日マラソンで西田隆維が2時間8分45秒で優勝し、エドモントン世界陸上出場、さらに2002年びわ湖毎日マラソンで武井隆次が2時間8分35秒で優勝し、10月のアジア大会(釜山)では3位に入りました。
2003年には、福岡国際マラソンで、国近友昭が2時間7分52秒で優勝し、アテネオリンピック出場を果たし、第2期黄金期を迎えました。
瀬古は現在、スポーツ推進局局長職と同時に、財)日本陸上競技連盟理事、全国で講演・ジョギング教室講師・ゲストランナーなどの活動を通して、陸上競技・マラソンの普及に努めていきます。
今まで同様、新生エスビー食品陸上競技部へのご声援をよろしくお願いいたします。