スパイス&ハーブ事典

スパイスの歴史に関するお話
スパイスは世界に数百あると言われ、ハーブになると万という数になるという説もあるほどです。そしてそれぞれに歴史やエピソードを持ち、全体としても数々の歴史エピソードが残っています。ここでは、人とスパイス&ハーブの関わり、時には歴史を動かす原動力にもなったことのあるスパイス&ハーブの歩みをひも解いてみましょう。スパイス&ハーブから見る世界史・日本史で、新しい歴史を発見できるかもしれません。

ハーブ療法の復活

魔女狩りの中、民間で活躍していたハーブの使い手は闇に隠れてしまいました。そしてそんな女性達を弾圧した修道院僧はハーブの知識を独占し、一方で当時の認定医師とされた人々が痛み止めのない手術など、手荒い治療を施していました。

そんな手荒い治療を避けるためか、当時疫病に苦しめられていた人達は、もぐりの薬剤師や怪しげな医療で金儲けをする「医療関係者」に頼っていったようです。
このような風潮の中にあってパラケルスス(1530年代)は、身の周りに生息するハーブの力を説き、そして当時のイギリス国王ヘンリー7世は、こうした医療行為を法律で厳しく規制する一方、例外的に「純粋なハーバリスト」には医療行為を行える権利を与えました。こうして民間でのハーブ療法が再び復活してくるのです。
この頃になるとカルペパーをはじめ、外国からのハーブの知識と民間のハーブ療法を結びつけて体系づけようとする知識人が現れ、その成果を書物に著す等の活躍をしました。

ニコラス・カルペパーは17世紀、庶民の頼りになる薬剤師として活躍しました。高価な薬が買えない貧しい人々のために彼は1653年、「薬局方」を英語に翻訳した「The English Physician」を出版。わかりやすい表現でハーブ医学の方法を解説しました。こうして、より多くの庶民がハーブを自分で栽培して薬として使う知識を得、カルペパーも尊敬と信頼を集めていきました。

ハーブ療法の復活
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