何気なく、毎年楽しみにしているクリスマス。キリスト教のお祝いというのが通説ですが、いろいろと事情もありそうです。ハーブの話題からはちょっと離れますが、今回はクリスマスの謎に迫りたいと思います。




リスマスキャロルが街に流れる季節になりました。年々その時期は早まるようで、11月の終わりには、もうクリスマスのディスプレイが見られるようになってしまいました。それにしても、日本人は世界でもまれに見る、変わった宗教観の国民ではないでしょうか。
 生まれ落ちて一月で神社にお宮参りをし、七五三や成人式など人生の節目では、神様にお参りをするのが一般的。それなのに人生の終わりには、仏教のしきたりに従ってお葬式が執り行われ、お寺の墓地に葬られ、その後の法要も仏式で行われます。かと思えば、キリスト教徒でもないのに教会で結婚式を挙げ、毎年クリスマスを祝ったりもする。
 そういった具合に宗教的ポリシーの少ない日本のクリスマスは、ほとんどの人にとってイベント化してしまっていますが、他の国ではどうなのでしょうか。また、モミの木やヒイラギなどクリスマスによく用いられる植物のいわれも知りたくなりました。


んなことを調べはじめたところ、一番最初に大きな勘違いに気付かされました。なんと、イエス・キリストが生まれたのは、実は12月25日ではなかったというのです。しかも紀元前6年頃だったとのこと。それでは、紀元前をB.C.(Before Christ)、紀元後をA.C. (After Christ) と定めた決まりはどうなるのでしょう。
 生まれ年に関しては、新しい暦法を始めたときの計算間違いなどがあったそうなのですが、誕生日に至っては、聖書のどこにも書かれていないとのこと。それではなぜ?




の12月25日という日は、キリスト教以前の、異教の宗教やお祭りと深い関わりがあるそうです。科学によって自然の仕組みが説明されていない時代に生きる古代の人々にとって、収穫の秋の後、徐々に日が短く寒くなっていく、冬に向かう日々は恐怖であったと思われます。ですから、昼と夜の長さが一緒になる冬至は、闇の世界へと向かっていった日々が、今度は輝かしい太陽の季節へと向かうおめでたい日だったのです。
 例えば、太陽神、光明神とされたミトラ神を信仰するミトラ教において、12月25日の冬至祭の日は、ミトラ神の生まれた日、つまり不滅の太陽の誕生日を祝う最大のお祭りの日でした。また、ローマ帝国時代のイタリアでは、農耕の神サトゥルナーリアを信仰し、毎年12月17日から24日までは、人々は食べ、飲み、歌い、踊り、闇の力に対抗するように明るく楽しんだのです。そして、祭りの終わる翌日の25日は新年とされたということ。また、北欧では12月にユールというお祭りが再生と豊穣を祈って、にぎやかに行われていました。
 こういった古代の太陽信仰と、豊穣を祈る祭りが、その後急激に布教を広めたキリスト教と融合したのが、クリスマスだと言われているのです。ですから、中世のイギリスでは、クリスマスは、この上なく楽しいお祭りだったのです。
 その後、新教が普及して、クリスマスのお祭り騒ぎに眉をひそめるようになり、イギリスでは一時クリスマス禁止の法令が出されていたほどです。また、新大陸に渡った厳格な清教徒達は、クリスマスにも働いていたそうです。そうした清教徒の影響で、アメリカのニューイングランドでは、19世紀後半までクリスマスが違法だったというから驚きです。
 後に、ドイツやアイルランドからの移住者の影響で、アメリカでもクリスマスが認められるようになったということですが、現在のアメリカにおいて、クリスマスは大変重要な行事ですから、変われば変わるものです。
 アメリカのクリスマスは、日本ほどではありませんが、宗教的色合いだけでなく、家族の集う、ファミリーの祈りとお祭りの日という感じがします。元々原野だったアメリカ大陸に渡り、開拓してきた国民性が、元々のルーツの国々でのクリスマスの習慣と合わさって今のようになったのではないでしょうか。



て、クリスマスに欠かせない植物についてですが、これも、キリスト教以前の宗教の影響を引き継いでいるようです。古くからあった樹木信仰、特にモミの木、月桂樹、松、ヒイラギ、アイビー、やどりぎなど、常緑の木が、永遠不滅の命のシンボルとして尊ばれました。現代で、クリスマスツリーと言えばモミの木ですが、モミの木に定められたきっかけとして、キリスト教の布教の過程で、異教徒達のシンボルツリーであった樫の木を倒してモミの木の若木を差し出した伝説が残っています。
 ヒイラギの葉のまわりのトゲは、十字架にかけられたキリストの茨の冠、その真紅の実は、キリストが流した血を表すといわれ、クリスマスに欠かせない植物として現代まで伝えられました。また、クリーム色の真珠のような玉を実らせるヤドリギは、ゲルマン人やケルト人の間で、神聖な木として古くから尊ばれ、薬としても用いられていました。クリスマスにドアの上や天井からヤドリギを吊しておき、その下にいるものにはキスをしていいという習慣は今でも残っています。もっとも最近ではプラスチックのヤドリギだったりするのですが。
 そして、クリスマスのリースは、上に挙げたような常緑樹で作られ、木の実が飾られて、輪の永遠性と共に、新しい年の平安と繁栄を祈り、魔よけの意味も込めて戸口に下げられるのです。
 こうして書いていると、あることに思い当たります。上の常緑樹はすべて日本でもおめでたい木として尊ばれてきたものだったのです。ツリーは、お正月の門松に通じますし、リースはまさしくしめ縄です。ヤドリギは万葉集に「ほよ」と呼ばれて登場し、魔よけと子孫繁栄のシンボルとされていたそうです。


界中にあらゆる宗教があり、その分布の移り変わりもありますが、長い間多くの人々に信仰されてきた宗教では、その大もとの魂はとても近いのではないでしょうか。
人々の平和と幸福を祈るからこそ、その宗教が長い年月伝えられてきたと思うのです。
キリストも、仏陀も、アラーも、お互いが憎しみ傷つけ合うことを望んでいなかったと思うのですが・・・。
 私も含めた日本人の宗教観の希薄さが、曖昧な国民性にもつながっているようで、情けない気もしていたのですが、この時代となっては、ある意味その柔軟性が求められているのかも知れません。


  文:榊田千佳子.イラスト:いまいかずよ
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