多くのハーバリストがバイブルのように持ち、数多くのハーブ事典の参考文献にあげられる
名著'A MODERN HERBAL'残念ながら日本語訳のないこの本ですが、読めば読むほど、そのすばらしさに感嘆します。一体この本はどのようにして生み出されたのか。今回は、ずっと気になっていたその謎に近づいてみたいと思います。





ーブを育て始めてから15年ぐらいになります。育てたことのある種類も200種類を越え、いつの間にか専門家の端くれとして、雑誌にハーブ関連の文章や写真を載せたり、自著を出版するようになっていました。  
 ハーブにはたくさんの種類があり、その用途も多岐にわたるため、調べるための資料も膨大になってしまいます。はじめの頃は文学作品がほとんどで、たくさん空きのあった本棚も、ハーブや植物関連の和書や洋書で埋めつくされました。中にはいつ来るかわからない出番を待って永久スタンバイ状態の本もあれば、すり切れる程手に取られた本もあります。  
 その中で、特別にデスク上の特別の場所に常に置かれている赤と水色、上下で2冊のペーパーバック。これが、今回のエピソードの主役、20世紀のハーブ事典の名著(と私が信じる)'A MODERN HERBAL'です。





種類以上の植物について、植物学的な特徴や育て方はもちろん、化学的な組成、エキスやチンキの処方など、薬学的な知識も豊富で、やや英国の植物が中心になっているものの、(植物名についても)事典として古さをほとんど感じさせられません。
 何より特徴的なのは、カバーの惹句に、「中世の植物誌の20世紀版」と謳われているように、他の類書には見られないような民俗的な伝承=フォークロアまで載せられていることと、ハーブを用いた軟膏やローション、ソース、ワイン、ビネガーなど、何百ものトラディショナルなレシピが載せられているところです。
 著者が詳しい、特に興味のあるハーブについては多くのページ数が割かれているのも面白い点です。例えば全900ページ中、エルダーに関しては、実に13ページも割かれ、英国や外国での伝承から、花、実、葉、木の皮、などそれぞれの利用法、薬学的な知識、育てかたなど、ありとあらゆるエルダーに関しての知識が満載されています。 また、エルダーベリーのワイン、ジャム、ケチャップ、そしてエルダーフラワービネガーなど、レシピもたくさんあります。  
 ちょっとした調べものをするつもりが、気づいたらどんどん読み進んでしまう。そんな魅力のある本なのです。


2次世界大戦の始まる少し前、1931年に初版が英国で出版されたこの本は、Mrs.Maud Grieve という、女性が書いたものです。Mrs. とついているということは、誰かの「夫人」であるらしいということ。また、肩書きらしきものに、F.R.H.S.とある。この二つ以外は、ほとんど何も情報がないのです。
 この、F.R.H.S. ですが、いくら調べてもわからなかったのが、英国に住んでいたアロマセラピストの友人に聞いたところ即座に、「英国王立園芸協会の特別会員という意味じゃないの?」という、答えが返ってきました。私は何か医学的・薬学的な知識があることを示す肩書きではないかと想像していたのですが、意外に普通な肩書きだったようです。  
 そんな植物好きな普通の女性(実は全然普通じゃないのですが)が、またどうしてこれほどの膨大な知識を持ち、このような本を著すようになったのか。興味は募るばかりです。

 この本には、もうひとりの重要な「夫人」が関わっています。それは、編集者のMrs. C. F. LEYELです。幼い頃から植物が好きだった彼女はやがて薬草の研究をするようになり、自身もハーブの本を著し、ハーバリストの協会を興すようになりました。「Culpeper House=カルペパーハウス」という、ハーブ関連の製品を扱う店の創始者でもあります。彼女はこの店を「人々に大地からの自然の恵みを味わってもらう」ために開いたそうです。  
 その彼女の手に、Mrs. Grieve のハーブに関するいくつかの論文が届いたことから、二人の夫人は出会うことになります。



MODERN HERBAL'の序章で、編集者としてMrs.LEYEL は述べています。「17世紀までは、植物学と薬草学は切り離せないものであった。しかし、それから両者は離れていき、植物学の本は薬学的な要素を無視し、薬草学の本は、植物の伝承を載せないようになってしまった・・・」  ディオスコリデスの『薬種書』から、ジェラールの『本草書』へと連なる'HERBAL' (本草書)の歴史は途絶えてしまったかに思えていた彼女は、Mrs. Grieveの知識の集大成を何とか新しい『本草書』にまとめたいと考え、奔走します。
 そして、英国のハーブのみに偏っていた内容に、米国のハーブも加え、また、自ら膨大な資料にあたって確認を取ったり、アルファベット順に編集し直すなど、最大の努力を払って、ついにこの20世紀の『本草書』を完成させたのです。

 ちなみに、この二人の夫人は、戦争中、薬品類が品切れになる中、身近なハーブを役立てることをアドバイスし続けたそうです。

 現在手に入る欧米のハーブ事典の多くは、この 'A MODERN HERBAL' なくしては存在しなかったのでは、と思われます。すでに初版から70年以上が経ち、新たな植物学的、科学的な発見もなされたことから、全ての情報が正しいとは言えませんが、本の中に息づく、二人のたぐいまれなる女性の、植物を愛する心と人間の民俗的な伝承を守ろうとする意志が、この本をこれからもハーブを愛する人々のバイブルとしていくことでしょう。

  文:榊田千佳子.イラスト:いまいかずよ
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